お医者さんという仕事は、私の中では最高の職業でした

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私が学生だった頃、受験生の数が多くて医学部に入学できる人は本の一握りでした。
ところが今はどうでしょう。
私の子供でも、ちょっと頑張ったら行けそうな時代になってきています。
少子化で競争率が下がったのです。

お医者さんという仕事は、昔から高収入というイメージでしたから私の中では最高の職業でした。
ところが、この頃の医者を見ているとレベルの低さがあからさまに見えてきます。
しかも、医者の子供はお金を積んで医者になります。
一般庶民の子供はお金を積めないから努力して自力でやっていかねばなりません。
こうなってくると本物の医者が誕生します。
そういう先生がたくさん増えてほしいです。

ところで、お医者さんがなり手がなくて減っているそうですね。
どうしてなんでしょう。
私なら喜んで医者になるのにどうしてなんでしょう。
じっくり考えてみて思ったことは、最近アメリカのように訴訟事件がいっぱい出てきています。
弁護士が医者よりも活躍して重要視されています。
そんな時代の背景が、職業と関係しているのではないでしょうか。

また、看護師さんは大昔に比べたら仕事の内容が楽になりましたね。
昔は、年をとるとみんな病院で暮らしたものです。
それが、老人ホームや介護施設の出現で看護師さんを介護師とは別のものにしたのです。
介護師と看護師を区別して切り離したせいで、入院期間も3ヶ月以上できなくなりました。
それに、看護師さんの資格を取るのも高学歴になりました。
昔は中卒でなれたものを今は短大卒以上でしかなれないようにしています。

今のことしか見えていない若い人は大変な仕事だとか言いますが、昔を知る私たちから見たら、医者も看護師も楽になったものです。
そして楽になった分、自分を磨いて勉強してレベルアップしてほしいです。

軍医になりたいと思ったことがある

もう古い時代の忘れかかった記憶である。
私は軍医になりたいと思ったことがある。
昭和初年台、国の教育は軍国調に染められて、小学校にも配属の陸軍下士官が来て、銃剣術を指導したり、教練を教えたりしていた。
ある時、確か、当時「紀元節」と言っていた紀念日に、陸軍の軍服に中佐の肩章を付け、帽章の上に高く美しい鳥の羽をあしらった飾りが付いている帽子を被った軍医が到着して、誰かが「あ、天皇陛下だ」と思わず驚きの声を放った。
居合わせた児童達は、写真で見なじんでいる天皇の姿、そして帽子にそっくりであったので、最初は驚いてそう思ったのであった。
彼は退役した陸軍中佐で、村唯一の病院の医者であった。
ともあれ、私の脳裏に、その輝くような格好の良さは深く刻みつけられ「よし、僕も陸軍の軍医になろう」と誓わせる事になった。
その後、私の希望は次々に変わって、果ては海軍兵学校に憧れ、飛行予科練習生に憧れ、夢を結ばぬままに終戦を迎えてしまった。
戦後、医者を目指そうにも、当時の私の成績ではとても近づけそうのない無理な職域で、いつの間にか格段に優秀な人たちが指向する聖域になっていた。
今、私は医者を尊敬している。
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